一人舞台

生きづらさに悩む、元ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩む元(暫定)ひきこもりの「日記」

生まれてきたことが苦しいあなたに

何か特定の、具体的な問題に悩んでいるというより、毎日出勤し、働き続けることに疲れた。人の話を聴くことに疲れた。返事をすることに疲れた。悩むことに疲れた。考えることに疲れた。それを人に相談することに疲れた。わずかばかりにでも期待することに疲れた。行動することが億劫だ。何もできないし、何も変えられない。だるい、気が重い。なんかもう消えてしまえたらなぁ・・・。と、ここ最近はこんな調子で、今日この本を読んでいたら、「人生の徒労」という項目の中に同じようなことが書いてあって、一人でそうだと頷いた。

 

 

 

 

 

 

読んでいることが他人に知られると大変恥ずかしいので、バレないようにしよう。

死にたいわけではないのよ

現実の困難さ、将来への不安、人間関係。ああしないとヤバい!こうしないとヤバい!あれがないとヤバい!これがないとヤバい!こうなったら終わり!だから、ああして、そうして、こうしてなきゃ・・・。

もう何が何だかわかんねぇよ!!

 

 

そういった「あああぁぁぁッ!!!」っていうのから逃れる現実的な、今すぐできる手段があの世へ行くってことじゃない。依存という手もある。

家も学校も会社も安心して居られる場所じゃないし、といって他に居場所は無い。自分の問題に向き合うのはとてもつらくて難しい。変化の行動を起こすのも難しい。何が出来て、どこへ向かえばいいのかわからないから。自分という狭い世界の中でいくらもがいても、何も変わらない、わからない。伴走してくれる人が、道しるべになってくれる人がいてくれたら・・・。

悩む、不満を言う前に努力したの?行動したの?誰々と、何々と比べて、甘えじゃないの?怠惰じゃないの?私ができるのだから、あなたもやれるでしょ。

ああ、もうほとほと疲れ果てた。それなら・・・って、そんなところじゃないのかなぁ。

 

 

ひきこもっていた時と、なんら変わらない苦しさ

今の職場はそれなりに馴染んできたとは思う。だけどもA型作業所。今はいいけど、5年10年後をどうするか問題は以前変わりなく存在する。

この就労問題は本当に苦しんできたし、頭を抱えてきた。「将来を見据え、過去を反省し、今何をすべきか考える」それのなんと気の重いことか・・・。

やっぱり現状がどんなに悪くとも、変化よりは安定。不安よりは不満を取ってしまうように思う。じり貧でも。

将来の為に変化の行動を考え、起こし、その責任は自分で負え。そんなの荷が重いと感じる人の方が多いのでは?選択しないで済むのなら、それに越したことはないだろう。

 

最近母から、「この仕事が良い!あの仕事が良い!見学に行け!面接に行け!」と催促されることが増えてきたように思う。ひきこもっていた時と、なんら変わらないじゃないか・・・。

これの何が嫌かって、そこに「自分のことなど殆ど考慮していないこと」がある。本人は「あんたの為を思って」なんて言うのだろうけど、それなら今目の前にいる人が、何に悩み、苦しみ、どうしたいのか?一度でも真剣に向き合ってくれたことがあったろうか?確かに考えてはいるのだろう。でもそれは母の頭の中にいる、自分によく似てはいるが、自分ではない誰か・・・である。

「ああ、親が何でもかんでも取り仕切る、昭和のころのお見合いってこんな感じだったのかなぁ・・・」と想像を巡らせる。

 

毎日が、目もくらむような速さで過ぎ去っていく

朝6時に起きて、支度をして、「ああ、仕事に行かねば・・・」と電車に揺られて、気が付くともう帰りの電車である。

一日が過ぎるのが早い。明日からまた仕事の1週間だけど、それさえあれよあれよと過ぎ去っていく。

7月から働きだして「金を稼ぐのは大変過ぎる!」と言っていたのが、もう今年も終わろうとしている。

「若いのだから、まだ何とかなるでしょ」とは、いろんな人から言われるけど、それさえ後5年程したら言われなくなるのだろう・・・。

毎日働くことのつらさ以外は問題なく過ごせてはいる。今のところは。それって幸福なことであるはずだ。特にこんなご時世では・・・。だけど何だろう不安であるし、どこか怖さもある。どう生きていけばいいのだろう。皆どうやって生きているんですか?

 

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