一人舞台

生きづらさに悩む、元ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩む元(暫定)ひきこもりの「日記」

定光寺周辺へ

休みの日はだるくてしかたがない。特に今回のような長期休みだと鬱っぽくなってしまう。気分が悪く、体が重くて仕方がないけど、部屋にいても悪化しそうなので気分転換に定光寺周辺へ。

人気を離れて自然の中で過ごすのが良さそうだ。とはいえ猿投山には何度も行っているしなぁと、グーグルマップで調べて思い付きで来た。

 

 

 

 

 

 

 

峡谷の中にある駅で、周りはご覧の通り山しかない。コンビニ一つ無い。

 

 

 

下の川に下りられたら良さそうなんだけど、どうやら無理なようだ。

 

 

 

廃墟の・・・なんだろう、旅館?

 

 

 

よく調べもせずに来てしまったので、周辺に何があるのかよくわからない。

山の散歩道があったので入ってみた。

 

 

 

うん山です。というか道ですらないぞ・・・。

 

 

 

 

 

 

後で調べたのだけど駅の近くにある、東海自然歩道の方へ行くと良かったかもしれない。

 

 

 

やっぱりだるさがどうにもきつくて、この辺で読書をして帰宅。調子の悪い時には大人しくしているのが良いのだろうか・・・。

それにしてもなんだか人恋しい。人間関係が家と会社しかなく、会社の方は4、50代の人ばかりだから、世代の通じる話ができるはずもなく・・・。どちらも会話というよりは「応答」するのが精一杯である。

健康的な人間関係の欠乏が、鬱っぽくなる原因なんだろうか。Xとかで、一緒に東山動物園とか、名古屋港水族館、竹島水族館に行きませんか?30前半の方!みたいな募集をかけたら付き合ってくれる人の一人くらいは出てくるだろうか?混雑する場所も気の合う人となら、気にならないかもしれないなぁ。無理かなぁ。自分はどんなに金と時間があっても、人並み以下のことしかできそうにない。そんなことを考えていた。

 

 

 

ここ最近の話

新卒の時から週5の8時間+αで働くことに困難を感じ、それで何度も挫折してきた。

今回はもうそれは諦めて、負担を少なくしてとにかく継続することを優先しようと考え、今の就労継続支援A型の仕事を選んだのだけど、やっぱり不安と焦りの中での選択で、フルタイムを選んでしまって、当初は週4の6時間だったのが、あれよあれよと結局週5の8時間になってしまった。職場が少々遠い場所にあって、朝の5時起にも未だ順応できない。

やっぱりきついし、毎週金曜日のデイケアに参加できなくなったのも、人間関係や環境が家と職場の非常に閉塞した感じがあって、つらい。まあ、参加できたとしても今は疲れで負担に感じることが多いと思う。

とにかく今の仕事を続ける気があるのなら、仕事に支障を出さないようにしなければと、仕事優先で動いてきたせいか、時間が取れなかったり、物事に対する興味関心を失いつつある。きっと疲れと不安のせいなんだと思う。そうでしょ・・・。

社長や事務の人から「やつれてないか?」と心配されるし、実際体重は落ちている。妙に疲れやすいのはこのためか?

 

能動的に何かをするのは、どうもダメになってしまって、音楽を聴くくらいしか楽しめることがない。そこで最近はレコードばかり買っている。

 

10年以上前に買ったプレーヤーでその時から一度も針を交換していなかったのを、ようやく交換。パンツのゴム紐で代用していたベルトも新調。思えばこのアルバムは間違えて買ったCDが知るきっかけだった。

単に音楽を聴くだけなら、定額サービスなり、配信なり、YouTubeなり、CDをパソコンに取り込むなりした方が手軽で便利だろう。

しかし、アナログを侮ってはいけない!なかなかどうして、入門機のプレーヤーで再生しても豊かな低音が鳴り響く。

盤を掃除し、針も掃除し、出してしまって裏返してと、手間がかかる。手間がかかるからこそ、音楽に向き合う姿勢も変わってくるように思う。

便利で手軽だと、単に消化で終わってしまう。

 

ここ最近で一番の収穫は、フィッシュマンズを知ったことだった。

典型的な後追いで、宇宙日本世田谷のIN THE FLIGHTという曲の歌詞がきっかけだった。その後所謂世田谷3部作に進み、初期の作品も聴いてみようと、こちらはアナログ盤で買ってみた。

 

 

初期の作品を好きになれるか心配であったけど、そんなのは杞憂であった。こうして作風の変化を追っていると、末期は何があったんだ!という程の変化であったことがわかる。

「LONG SEASON」こういった曲を作れるバンドが日本にいたなんて、ちょっと衝撃的なことだったのでは。

空中キャンプ以降、なんだかアートの世界に入ったようで、大衆からは遠ざかったような印象を受ける。宇宙日本世田谷は完全に内的な世界観なんだろうか。

 

ともかく、今のレコードプレーヤーは狭い部屋の事情と相性が悪いので、これを買い取りに出して、サウンドバーガーを買えたら良いなというのが、小さな目標。

まだ元気だった頃

一年前の出来事を振り返りませんか?という通知が定期的にくる。

いつもなら、「うるせぇ!過去のこたぁいいんだよ!」と無視するのだけど、今回は懐かしいものが出てきて

 

hitoributai.com

 

将来のことや親とのことに悩んでいたけど、今よりは元気で楽しめていた。

労働は時間と体力と精神力を奪い過ぎなんよ・・・。それでいて税金で差っ引かれて極わずかな取り分という。今は9時~5時の7時間労働だけど、そろそろ8時からの8時間労働になりそうな予感・・・。まだ足りないというのか・・・。

土日にくる、謎のだるさ

ここ最近、土日に謎のだるさに襲われることが常態化してきた。ああ、またこれがきたかぁ・・・と。

何故仕事がある平日ではなく、何もしていない休みの日なんだろうか。今日は午前中調子が良かったので、大丈夫な日か?と思ったけど、夕方から急に調子が崩れてきて、さっきまでベッドで寝ていた。鏡を見ると、やつれているような気がしてならない。

毎日働き続けることはしんどいし、休みの日はだるくて何もできないし、家と会社の往復で、デイケアも動物園も海に行くこともできなくなってしまった。

まあ、余暇に関しては土日に行けって話なんだけど、上記のようにだるくてしかたがないし、混雑する状況は極めてストレスである。

これは精神的な問題なんだろうか。誰か助けてくれって感じ。

 

こんな状態なのに「いや~仕事を頑張っているねぇ!昇給してあげる!」とか言われても、「もう疲れ切っているから、週4日にして・・・」って話で、何も嬉しくないし、短期的には良いけど、長期的にはその期待や評価は自分を苦しめ、身動きできなくさせる鎖になるのだと思う。他の従業員に、自分の未来の姿を見るのだ。

正直、何も楽しくはないね。

 

つまるところ、何が自分の本当の問題なのだろうか

未だにそれがよくわからない。自分の問題は、とても向き合い難い。

今日は事前に会社に休みを貰って、グループホームの説明を聞きに行ってきた。

大体8~9万円ほどあれば、特に問題なく生活していけそうな感じであったし、不安の一つである「転居を始めたものの、仕事に挫折して費用が払えなくなったらどうするか問題」は、生活保護が取れるので心配しなくても良いとのこと。(本当か・・・)

であれば、さっさと見学に行って、転居すればいい話になる。

なんだろう。一体なんなんだろうか、この消化不良な感じは。あんなに悩んで苦しんでいたことが、あまりにあっさりとし過ぎて「え・・・?」ってなるような。

デイケアの職員さんと話したことだけど、「不安が無いことが不安」なのかもしれない。

なんかの本で読んだのだけど、ドイツの収容所で囚われていたユダヤ人が、終戦を迎えて地獄の様な収容所の生活から解放されて、自由になって、これで人間らしく幸せに生活ができ・・・なかった。多くの人は精神疾患に陥ったり、自決に至ったりした話を何かで読んだ記憶がある。もう一度読みたいのだが、夜と霧だったかな・・・。ともかく、心理的にはこれと似たような状況なんじゃないだろうか。

抑圧が無くなって、自己決定、自己責任の世界に行くことを重荷に感じているのかもしれない。何を根拠に決めればいいのか、引き受ければいいのか。未だにわからない。

 

仕事の面に関しては、業務に問題はあるか?無い。人間関係は?それも無い。

しかし、週5、8時間働き続ける、こんなペースで走り続けるのは苦しくてしょうがない。毎日だるくて、土日も無気力である。デイケアという社会参加の場も気軽には参加できなくなってしまった。自分が悲観せず、安定して働けるのは週4の6時間程度+デイケアのような第3の場を確保することだと思う。

噂程度だけど、社長から昇給の話も出ているらしい。もちろん金銭的にはありがたいけど、このように精神的には不安定で、この夏乗り切れるかどうかもわからない。

「頑張っているから」そりゃあ、頑張っているよ。頑張らないと会社に来れないもん。

でもそれは、「目標を見据えた頑張り」とはわけが違う。いずれ力尽きる頑張りなのよ。

毎日会社に来て、怒られないように言われたことを言われた通りにする。そんな程度の労働意欲しかないのに何故か期待されて、知らない内にハードルが上がってしまう。

正直昇給よりも週4日にしてもらえる方がありがたいし、どう考えても昇給に値する人間ではないし、重いので、角を立てずに断れないものか・・・。

悪く思われたくないという名誉欲があるのよ。評価されて嫌か?と聞かれれば、まあ嬉しいわけだ。他方で、期待に応え続けることも苦しい。この矛盾した状態の中で、身動きが取れず、力尽きて辞めるを繰り返してきた。今回はどうなるのか、まだわからない。

 

 

 

「本当はどうしたいのか?」

時々考えてみる。まず現在の共同生活、家の中にまで人間関係があることが苦しいので、一人暮らしをする。これはワンルームタイプのグループホームに入居できれば解決できる。次に仕事は週4の6時間に抑えたい。そんなあり方を認めてもらえる。更に似たような感性の人たちとの淡い交流の場があれば、生きていることも悪くないと思えて、なんとか生きていけるだろうと思う。

だけども市場の競争において、この希望が実現されることはまずないだろう。

生まれることから、日々の生活、死ぬときまでもが市場、経済、ビジネスに組み込まれている昨今、苦しくても泣いてでも、精神に変調をきたしても、走り続け、倒れても、シャカイサンカ・シャカイフッキしなければならんのよ。働きもせず、生産もできず、消費もしないような奴に価値はねぇ!って。

もうぶっ壊れちまえ!と思いたくもなりませんかねぇ・・・。

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