一人舞台

生きづらさに悩む、元ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩む元(暫定)ひきこもりの「日記」

人生とは市場のルール?

なんだか市場のルールで生きていかねばならないから、生きづらいのではないか。生活が、生き方が市場ありきになっているような。

金を稼げないと生活すらままならない。であれば、良い人材ではなければならない。長く続けられねばならない。仕事に意欲的でなければならない。資格や能力がなければならない。競争に勝てる人間でなければならない。でないと採用されない、仕事にありつけない。ありつけても低賃金でこき使われてしまう。消費対象としての労働力。

努力しなければ!もっと努力しなければ!

う~ん、なるほどねぇ・・・。だけど、その前に君はちゃんと努力はしたのかね?

ひきこもりをやめた諸君、調子はどうだぁい

こんな給料で一人暮らしを決行するのは、やっぱり無謀だと思うし、できなくはないけどキチキチの生活だよ。

 

 

社長は一人暮らしをするためにも頑張らないといかんでしょ?なんていうけど、頑張ってこれだよ?特に社会保険が控除されてからがきつい。高卒の頃の初任給をよりもずっと低い・・・。明細を見るたびに切なくて仕方がない。

一体何を毎日頑張っているのだろうか・・・。

 

 

これを見ると、会社側は市から給料と同程度の補助金を貰っているわけでしょ?人件費がほとんど掛からないと。

では、自分が支援A型で働くメリットとは一体何なのだろうか。

自分の問題を誤魔化してしまう

一体何に悩んで、どうしたいのか。というか、何ができるのか。それがわからんのですよ。「別にいいじゃん、そんなの」って思えたら、どれだけ楽だろうか。家族、恋人、友人、趣味、居場所、自分のやるべきこと。こういったものがあって、自分という存在がなんとなくでも肯定されていれば、そう思えるのだろうか?いずれもないので、自分という存在が剝き出しになってしまう。

苦しさ、八方ふさがり感・・・仕事のこと?疲れ?孤独?家の人間関係のこと?一人暮らしのこと?経済的なこと?将来困窮することが目に見えていること?恐らく全部だろう。

こういったことに対して、何ができるのか?どこから手をつけていいのかがわからない・・・こともそうなんだけど、一番問題なのは「自分自身と上手くやれていない。自分の問題を誤魔化してしまう。逃げてしまう」ことだと思う。

現状に不満があって、変えたいと言っているのになんで行動しないのだと。

本当に自分の問題には向き合い難い。他人のことを指摘したり、心配する方がずっと楽である。

 

だから折に触れて相談できる人、自分の問題を適切に設定してくれる手助けをしてくれる伴走者が必要なんだと思う。自分一人では同じところを回って、やっぱりどん詰まる。

デイケアでの過ごし方がそれに近かったように思う。世間じゃ言いにくいことも割とテーマとして出せたし、担当の社会福祉士さんとも長年の付き合いがあったわけだし。

しかしそれも仕事が忙しくて、理解が全くないわけではないけど、休むことに否定的で(当たり前か)何よりデイケアのプログラム内容に変更があって、今の自分の状況とはそぐわないのではないか?少々時間も空いたしと参加しづらくなってしまった。他には相談することの後ろめたさがある。答えのない問題であるし、時間を使ってもらって、こうしようってなった時に、行動できるか怪しいから。変える気があるのか!?って話でしょ。

 

職場ではいろいろな人が働いているわけだけど、どんな思いで過ごしているのだろうか。

 

 

ひきこもり脱出。その先には

その先には、何も無かった。

 

 

過去何度も書いてきたことだけど、今現在は最後に仕事を辞めてから8年程ひきこもっていたのを、重い腰を上げて去年の7月から就労継続支援A型の利用者として、住宅街にある小さな工場で働いている。週5日、8時間労働と、一般のそれと変わらないよ。

 

とりあえず働こう。どこかへ見学、応募しよう。採用されたらとにかく慣れなければ!と走り続けて、最近は仕事にも慣れてパターン化してきた。それでどうなったかというと「将来への不安と虚無感」だけが残った。多分今後もこんな調子が続くか、もっと困窮するかだと思うから、この辺で電源を切ってしまえたらなぁ。とそんな気持ちでいる。自分というものが、その可能性が、大体わかったので、もういいかなと。

 

金銭的な観点から言うと、一般と変わらない程の労働時間と負担なのに給料とはいうと、手取りにして14万前後だろうか。

毎週金曜日は通院先でデイケアに参加していて、当初社長の話では、「そんなに結論を焦らずとも、1、2年程度は様子を見て、考えていったらいい」と話していたのが、会社が忙しくなってきたからと、「社会人としてのけじめをつけよう!」とのことで、半年程度であれよあれよとフルタイムの労働になってしまった。

これでは支援A型で働くメリットが何もない。低賃金でこき使われているだけではないか。それとも自分の人材としての価値なんて、そんな程度なものなのだろうか。

であればさっさと転職なんだけど、当然気が重い・・・。

また仕事を探して、履歴書を書いて、面接をして、職場の環境、仕事、人間関係全部1からやり直しで、上手くいく保障なんてどこにもない。

なにより自分の悩みの大半が週5、8時間労働にあるのだから、どこへ行ったって同じことを繰り返すことが目に見えている。

今行動を起こしても、焦りと不安の中での選択になって、そういうときはロクなことにならないことは今回の一件でも明らかである。だから、今は耐えつつ、人に相談して良い流れが来るのを待つしかない。そう考えているのだけど、日々の忙しさと消耗で、それもできない難しさがある。だるい。無気力。労働によって自分が解体され、孤立化していく感じがある。

未来にねぇ、何か展望や根拠があればいいのよ。それなら今苦しくとも頑張れる。だけどもそんなもの一切持てない。ただ苦しく、孤独で、切ないだけ。耐えられないでしょ。

いやぁ、危ない。こういう時こそスマホ、ギャンブル、酒、薬などに依存するだろうし、変な団体とか、最近ニュースにある、弱者男性を狙ったビジネスとかに声を掛けられ、耳障りの言いことを言われたら、コロッと落ちるだろう。

自分にしても、もう家と職場の往復で消耗して、気の合う誰かと会うとか、何か楽しみを見つけるだとか、そういうことに割ける精神的余裕や感性がなくなって、会ってくれる人はいないし、何処かへ出かける場所もない。消費しかすることがなくなってしまった。

 

今の職場は支援A型事業所として設立したわけではなく、家族経営の工場にA型事業所を併設した、補助金目当てなのでは?と同僚の方と話している。

僅かな社員に対して、A型利用者が圧倒的多数である。支払う賃金は最低限でよく、賞与や昇給も必要ない。18年働いている人が、半年程度の自分とほとんど変わらない給料なのである。給料と同程度の補助金が国から入るから、安く使えて大変便利であろう。自分もその一人か。

 

更には3人いたベトナム人技能実習生に更に2人が追加された。

こういった安く使われる労働力に、我々は勝てるのだろうか・・・。

 

 

 

 

メダカを探そう

東山動物園の世界のメダカ館が好きだ。平日なら空いているから。

 

 

いつかは野生のメダカが見てみたいものだと思っていて、その生息場所は池や、川の流れのない場所と書いてあった。

近所に川があって、流れのない場所ならいくらでもあるのだけど、以前から探してみても見つかることはなかった。今日、散歩がてら探していると

 

おお!小さな魚がいた!これじゃないか!?

 

 

 

めちゃくちゃ大量にいる。果たして連中は念願のメダカなのだろうか。

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