去年の27日から今年の5日まで休みなんだけど、毎度のこと長期休みには退屈に苦しめられる。
かつて紛らわし、支えてくれたゲームやプラモデルは今やほとんどできなくなって、本を読んでもノれず、音楽を聴いてもノれず、どこかに出かけたくても喫茶店くらいしか行く所がなく、誘う人もいない。大体凄く混んでいて大変ストレスだ。
頼みの綱であった趣味が楽しめなくなったのは飽きだろうか。加齢だろうか。
一番の理由は「体験を共有できる人がいなくなった」が大きいように思う。
人間関係はわからないことやしんどいことが多いけど、何もかもが自分の中だけで完結してしまう閉塞的な世界もやっぱり退屈で苦しい。
後はライフステージの変化も大きいだろう。結婚したりするとどうしても家族中心になって、外へ開いていく余裕はなくなっていくと思う。
人はどういう時に幸せを感じるのか?何が幸せなのか?「良き人間関係に恵まれること」だそうです。ですよねぇ・・・。救いと救いの無さが同時にあるような。
先日喫茶店に行ったときに、隣のおじさん達がこんなことを言っていた。
「やることがないよなぁ、休みが長すぎるわ。こんなにいらない。5日くらいで十分だわ。」
仕事も煩雑で拘束時間が長すぎるけど、離れたら離れたで孤独と退屈が襲い掛かってくるのだ。
他人から受け入れらている実感や安心感がないと自分に意味や価値を認められず、自身に対してがそうなのだから、二次的三次的なことである趣味が楽しめない、意義を感じられないという可能性はある?