一人舞台

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

自分の弱さと向きあ・・・向き・・・

ここ最近、他人の生きづらさを聴く機会が増えてきたように思う。

同じ底辺仲間(失礼。でも最低賃金しか貰えないから、俺たち底辺だぞ!)の会社の同僚とか、デイケアでの相棒とか。

今日のデイケアでの話題であったり、同僚と社長のやり取りを横で聴いたり、自分の実感としても、障がい者枠で働くのは、福祉就労というのは実は割りに合わないのでは?と思う。

障害特性についての配慮は会社側は謳うし、ニュースや記事でも目にすることは多い。でも実態としては一般就労とあんまり変わらない仕事内容や負担だったり、同僚と相棒の話を聞く限りでは「体調面での配慮」を受けられなかったり、相談しづらかったりするところが苦しいようである。一般就労と変わり映えしない割には低賃金・・・。

仕事なんだから責任をもってやるべき!会社とはそういうもの!と、言われればまあそうなんだけど、福祉就労・・・。自分の周りがきついだけなんだろうか。世の他の福祉就労は「働きやすい!」って感じなんだろうか。

市場経済と福祉はとても相性が悪い・・・。

 

 

問題解決のための相談する中で、一番難しいのは自分の弱さと向き合う、自分を乗り越えることだろうか。

これねぇ、本当に向き合い難い。自分の例で言うと今の職場が低賃金でコキ使われて、会社も貢献したいとは思えない場なので転職したい。であれば、自発的に探して応募なりなんなりするべきではあるのだけど、やっぱり怖い。何ができるのかもわからない。腰が重い。

相談すると具体的に問題解決に向けて動かなければならなくなって、上手くやれそうな話ならいいのだけど、大抵自分の弱さを乗り越えなければならない話になるのでしんどい。

後は不満や問題があっても「安定した継続」を選んでしまうのもある。環境の変化はやはりストレスだ。母はこれを「そうやって皆、気が付かない内にズルズルいって、気が付いた時に事態の深刻さに絶望する」的なことを言っていた。

 

 

 

以前支援の担当の人に「仕事が決まりました!これでなんとかやっていけます!頑張ります!って皆トントン拍子で行けるものなんですかね?」と聞いたら「いや、全然そんなことはない。能力的には十分やれるとは思うけど、人間関係で躓いてすぐに辞める人が多い。あなたの2年半はかなり長続きしている方」というようなことを言っていた。

生きる権利、人間としての価値や存在意義が仕事と収入で決まるようで、生きづれぇわ・・・。

 

 

 

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