一人舞台

Do you have the time to listen to me whine

自立と支援対象の間の苦しさ

デイケアが無くなったのはやっぱり痛手なんだと思う。

世の中「相談」をする場所ならネットで検索するといろいろと出てくる。しかし自分の場合、アルコール依存か?違う。ギャンブル依存か?違う。薬物か?違う。鬱病か?違う。その他の精神疾患か?違う。発達障害か?うん、まあ、部分的には?ひきこもり問題か?今は違う。仕事上で、転職に関する問題か?週5、8時間働くことがきつ過ぎるとは思うけど・・・やれないことはない。と、殆ど問題が無いことになってしまう。

 

自分の抱える漠然とした苦しさ、孤独の問題とか、空虚感とか、状況を整理したいとか、なんとなくいられる場が欲しいとか、伴走してもらえる支援者がいると助かるとか、こういった必ずしも相談、解決とも言えない微妙な感じだと行き場所が無い。

やはりデイケアがそんな感じの場であった。長年お世話になってきた社会福祉士さんの好意で、平日参加できない自分の為に土曜日に開設してくれて、もう1人参加者がいたのだけども、彼も特別仲が良いというわけではないけど、何年も付き合いのある人で、3人でこじんまりと過ごす感じが良かったのだと思う。

 

相談って問題解決に向けていかないといけないから案外しんどいもの。まずその問題が自分の中ではっきりしていないと、伝えることすら困難で、何をどう話していいのかわからないし、何をしに来たんだ?結局どうしたいの?とか思われそうで、気を使って疲れてしまう。

状況的にも「心理的」にも言葉にしづらいし、現状なんとか破綻せずにやれてはいるけど、確実に疲弊の道を辿っている。もうどこかぶっ壊れてからじゃないと支援て受け難い空気があるような。行く場所が無い。

 

ひきこもっていた時期に相談に行った話を何年か前に書いたけど、解決すべき問題としてしか見てもらえず、扱ってもらえず孤独になっちゃうんだよね、相談だけだと。そこに自分は存在していないような気がするというか。

 

ひょっとして、仕事も拷問に近い部分があるのでは

 

この本を読んでいて、「強制的な孤独」という章では犯罪者やテロリストに使われる、自白や拷問の手法の中に感覚遮断があるという話が出る。

視覚、聴覚、触覚を奪う苦痛を与え続けると、心身共にどんな影響が表れるのかという話。

 

監獄の単調な環境、運動することや屋外に出ることの制限、一定の日課、愛する人の親睦や性交を欠くこと、こういったことが、長期禁固刑の場合、すべて課せられるのである。このことは囚人たちの心に永久に有害な影響を及ぼすのである。

p.100

 

ここまで極端ではないにしろ、仕事にも通じる部分があるような・・・。

ここ最近心身ともに疲れ切っているし、工場でのライン作業だからずっと持ち場に立って、一息つく暇もなく、作業し続けなければならない。それも週に5日、毎日8時間だ。時には残業もある。

とにかく労働に時間と体力を奪われて、消耗する。思考も覚束なくなる。労働だけでほとんど終わる。意欲や楽しみも無くしていくだろう。現代社会では、最低限の生活がしたかったらほとんどこれを強制されてしまう。なんかこういうことが普通のことになっているけど、やっぱり異常じゃないか。もっとも、最早後戻りはできないだろうけど。

世の中ついていけない、脱落者は多いのだろうか・・・。

長い刑期、収監を終えた人の社会復帰が困難な問題が上がるけど、労働という刑期を終えたというか、解放されたというか、そういう人の社会復帰はどうすればいいのだろうか。

 

 

ラブソング

アルバム一枚聴くと、大抵ラブソングの一つや二つ、収録されているもの。

聴く度にいつも思う。そこで歌われている程、甘美で神秘的なものなのだろうか。

悲しいかな、望んだところで一生経験することは無いだろうし、お茶に誘おうとして二つ返事で断られ、ある時はせっかく相手がお喋りの時間を作ってくれたのに、緊張と何か、何か喋らなければ・・・!話題!話題!と焦っていらんことを言ってダメにした経験しかない。きちんと恋愛できた人にとっては、心に染みる歌詞なんだろうか。

 

そこから派生しての失恋ソング、すれ違いソング、俺、私の気持ちをわかってソングもよく見かける。

たまには、思っていたほどじゃなかった・・・ソング、言うほどかぁ?ソング、なんかいろいろ大変で疲れちゃったソングとか、そういうものはないか。

怠け者の休日

何度も書いている通り、孤独、空虚、無意味さ、倦怠感など、デイケアという居場所が無くなって、労働者という役割も休みで一時停止すると、こういうものがじわじわとでてきて苦しくなってくる。

音楽を聴くことくらいしかできないので、なんとなくグリーンデイのウォーニングを聴く。

透明な蛍光グリーンのやつで、敢えてアナログ盤を買う魅力の一つが色のついたやつだろう。

 

 

で、当然輸入盤で歌詞もわからないので、翻訳にかけながら聴いていると、デッドビート・ホリデーという曲があって、正に倦怠感や空虚感に苛まれる歌なのかな、聴いていて憂鬱な気分になった・・・。

グーグル翻訳だからどこまで正確かはわからないけど

 

 

全てを無駄にする最後のチャンス
明かりが消えた時、残るのは地獄だけ

怠け者の休日
自分の衰退を祝え
空き家の看板が高々とぶら下がっている
君の家の首に縄がかけられている

君の最も古い味方は君だ長い間会っていなかった敵
二世帯住宅に閉じ込められて気づく
地雷原に生きていることに
休暇のホットスポットは墓場へのドライブ

やりたいことが何もない時、地獄の代償しかない
「やらない、諦めろ!」 (諦めろ!)

 

なんかこんなようなことが歌われていて、「おい!やめろよ!」と言いたくなるよね。

とはいえ、最後には「君は一人じゃない」と歌っていて、それはボーカルのビリージョーも同じく苦しんでいるんだというメッセージなんだろうか。

パチンコ屋や居酒屋に行けば、大勢の仲間がいそうな気がする。

怠けじゃないんだよ。生きづらくて苦しくて、道が見えないんだよ。

 

ちなみにこのアルバム内ではマイノリティがとても有名だけど、個人的にはメイシーズ・デイ・パレードの方が好き。

淡々とした穏やかな曲調、サビで入るアコースティックギターの音、物質的な豊かさ、よりも自分の欲しかったものは希望だということに気が付いた歌詞とか。前半部分は皮肉満載だね。

 

物事を楽しむ感性は、一体どこへ消えてしまったのだろうか

いつからだろう。なんかだるいなぁ、なんかしんどいなぁ。そんな事ばかり考えるようになったのは。やる気は出ないし、やっていく中で出るかもと行動しても、続かない。

ちょうど去年の今頃だったか、何年かぶりに小、中の時の同級生を誘って家でゲームで遊んでいたのだけど、途中から「いかん・・・しんどくなってきたなぁ」と絶望したことを思い出した。

引きこもっていた時には確かな満足感と付き合ってくれた感謝の気持ちがあったのだが・・・。(向こうがどう思っていたのかは、わからないけど)

 

連休は紛らわせる手段である仕事がないから、空虚感、無意味さが強烈に出てきてつらい。