一人舞台

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

これからどうするの?

どうも先日就職支援会社で言われた「これからどうするの?」が引っかかってしょうがない。

勿論この意味は「体験者ではなく、正式に登録するのかどうか」ということだと思う。ひょっとしたら広義の意味もあったかもしれない。

逆に聞きたい。どうしたらいい?どうあるべきなのか?

 

結局就職がどうのこうのより、自分の悩みはもっとごちゃごちゃしていて、自分でもよくわからない所にある。

根本には「働かないで済むなら、その方がいい」があるし、何故かと言えば、今まで何度も再就職にチャレンジし、その度に挫折してきてしまって、すっかり労働は辛く厳しく、ノーミスでやらなければならないとてつもなく嫌なことに自分の中では定義されてしまったからである。

おまけにこれまで自分の意志というか、主体性のようなものを一度も持ったことがない。

言われたことをただ黙々とするだけ。ただ、それで苦痛でなく、特に問題なく進んでいるのならそれでいいと思う。

だけどこういうタイプの人は、一度転落や挫折をすると、そこから這い上がるのが特に難しいのではないかと思う。

支援施設にあっても主体性はやっぱり必要で、体験的には「待ちの一手」では、相手にされないか、ほっとかれるのが関の山である。

他にも利用者は沢山いるわけでして、何か光るもの、目立つものが無ければ、あっという間に埋もれてしまう。

明確に自分の就職、仕事に関する考え方、意志、望むありかたはこうです!と主張できる人でないと、施設を卒業するのは難しいのではないか。

ある意味、仕事よりも難しいことかもしれない。

 

今の・・・まあいつだってそうなんですが、自分にはそれが無い。

この状態で「さあ、就職に向けて訓練や職業体験を頑張ろう!」なんて言われても、全く意欲が湧かないばかりか、既に朝の電車に乗ることが、都心に行くことが苦痛なので、最悪「また」行かなくなるかもしれない。

嫌なことを嫌々やって、早く終わってはくれないかと祈り続ける姿勢では、何をやっても成果は得られないだろう。

 

上手く行けそうな方法としては・・・

1.主体性を見つける

2.これなら!と思える仕事を見つける

3.「おめぇの事情はわかった!しょうがねぇなぁ、多少は配慮してやるから、うちでちょっと働いてみるか?」的な情けをかけてもらう

とかそんなところかなぁ・・・。

 

現状としては「何に悩んでいて」「どうするべきなのか」「なるべく嫌にならなくて済む方法はどんなものがあるのか」を知る必要があって、それはきっと自分一人では決して解決できないことだろうから、さしあたり手助けがいるわけです。

就職に対する悩みというより、もっと広義の何かなんだよ。多分。

あの支援会社が手を貸してくれるのかどうか。そういう話にどの程度理解があるのか。何故なら「就職の支援」なんだから。

 

大体施設での自分の立ち位置、どう思われているのかさえわからない。

わからないから、施設でどう過ごせば、何をしたらいいのか、というか何をするべきなのかもわからない。

たまにしか来ないやる気の無い奴と思われているんだろうか?

いや彼には彼の事情がある。何とかしてやれないだろうか?と思われているのだろうか?

それとも、ああそんな人いたなぁ・・・くらいにしか思われていないのだろうか?

 

集団の中にいると、自分の存在が消えるような感じがする。

全体が平均化するというか、集団という一括りになる感じがするというか。

集団の中にいると、「隣のあいつより、向こうのあいつより、後ろのあいつより、自分は何か優れている部分があって欲しい」とかなんとか、そんなことを考えたりはしないだろうか?

集団の中の単なる一人ではなく、何か優れた個性がある人間でいたい。

きっと集団の中の、どこにでもいる人間にはなりたくないという願望からなんだろうけど、仮に優れていたとしても同じような人と集団になれば、結局没個性になってしまうのは変わりがないだろうから、なんともやるせない話です。

 

なんでこう生きづらいのかなぁ・・・。

 

 

 

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