一人舞台

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

勝手に捨てる

ガンプラを勝手に捨てられた」とかいう番組の話が話題になっていますね。

見てはいないのだけれど、「おいおい!勝手に捨てるのか」と多くの批判が上がっていた。

双方の気持ちがわかる部分があるので複雑な気持ちになるなぁと。

自分はガンプラは作らなくなって随分経つけど、(気になるものがあったから、機会があったら一つだけ作ってみようかな)性懲りもなくプラモデル自体は続けている。

すると完成、未完成を問わず場所を取るわけだ。自分自身これが悩ましい。

一度完成させると執着が無くなる質なので捨ててしまってもいいんだけど、いざ手にかけると「いろいろあったよなぁ」とか「ここ苦労したよなぁ」とか作りあげた作品であるが故に迷いが生じて結局処分できず。

じゃあ、箱にでも詰めて収納すると、存在を忘れそのまま日の目を見なくなってしまう。

買い手なんかつくわけがないし、(一応近所のリサイクルショップは素組のガンプラを取り扱ってはいたが)貰い手もいない。

増えはするが減りはせず、その間も掃除の手間とか場所を占領するとか管理コストが掛かる。新しく作っても場所がねぇ!悩ましいねぇ。

 

相手の立場で考えると、無闇に否定するのはやめるべきだが、理解できないとどうしても邪魔に感じたり、なんだかなぁという気分になるのは仕方がないことかなと。

自分にしろ他人にしろ、悲しいけどそういうもんだ・・・。

自分自身、趣味の一つがプラモデルとか話してみてもウケが悪いと感じる。

趣味なんて自分一人が楽しめていればいいじゃんとか思うかもしれないけど「全く、誰からも理解されない」としたら、やはり辛いだろう。

 

自分は一人しかいないから咎められることはないけど、集めたい気持ちもわかるし、それ故に場所を圧迫したり迷惑を掛けてしまうのもまた事実なので、共同生活なんだということを留意してしっかり話し合って決めていきたいものですね。

いきなり捨てるのはマズいって・・・。

 

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