何度目かのひきこもり学の本。
ここ最近出版された本を見ていると、ひきこもり情勢が変わりつつあるのかもしれない。
これまでひきこもりというと、学校や新卒で入った会社を挫折して、そのまま社会に出られずといった人々だけど、(自分はこっち)最近取り上げられている中高年ひきこもりは、社会人としてはごくごく普通で、なんら問題は無かったのだけど、怪我や病気、親の介護、経済の悪化などで仕事を辞めたり失ったりして、年齢的に厳しくてそのまま社会復帰できずにいる人たちが多いということ。
いずれにせよ、長期間ひきこもっていると家族からは煙たがれられ、友人を失い、社会との接点も持てず、どんどん自信を失って悪い方向にばかり考えを持っていってしまうと警笛をならしているし、自分の実感としてもそう思う。
それに対して世の中はどうなっているのかというと、現実的な社会福祉としての生活保護の条件を満たした上での取得率はドイツ、フランス、スウェーデン、イギリスなどの国と比べると、日本は異常に低いとのこと。でしょうね・・・と。障がい者年金も条件が厳しいですからねぇ。
就労支援もありますが、これが就労ありきで一番必要とされるであろう「メンタルケア」がおざなりになっていると指摘。酷い時には国からの給付金目当てのビジネスになっていることも。
連中は良いよね。自分らが上手くいこうがいかなかろうが、言われたことをやっていれば金を貰えるんだもん。こっちは時間と交通費をいくら使ったことか・・・。
そもそも就労できる心の状態ではないのに就労に押し込んでも続けられるはずがない。「仕事なんか選ばなければなんでもある!」と言われるが、中年になってコンビニやスーパーのアルバイトに採用されて、低賃金で、年下上司にあれこれ命令されるこんな状況に一体どれだけの人が耐えられるだろうか?とも書かれている。
非常に同意しますし、自分も実体験からぼやいていたことでもある。耐えたところで未来は暗いであろう・・・。
就労支援は目に見える実績、つまり「数字」ばかりが重要視される。一方利用者にしっかりよりそってくれる施設だと、数字は上がらず非効率に見えてしまう。こういうところがダメなのだと指摘!彼らが安心して回復の道へ進んでいくためには「安心感が必要」なのだと。これはいろんな本で目にするけど、ほんとだよね!
ここからは自分の考えですが、ここ最近ネットを覗くといろんな集まりがあるじゃないですか。
そういった活動を否定するわけではないのだけど、やっぱり解決、回復?にはあまり繋がらないのではないかと思う。
同じ様な境遇の人と知り合って、1人じゃない!っていう安心感は確かにあるだろうけど、一時の気の紛らわせにはなっても、結局「就労しなければならない」という問題にぶち当たってドン詰まるのではないだろうか。自分が打たれ強くなったわけでも、社会の側が何か変わったわけでもないのだから。
なにより一番の不安で当座の問題の「経済的なこと」には触れられないじゃないですか。
セーフティというと、生活保護と障がい者年金の二つになるでしょうが、前者はとにかく取らせまいと渋る、後者は条件が厳しいと。
世の人々もあまり関心を向けるような問題ではないでしょうし、(一方ひきこもりは誰にでも起こりえること。だから「孤独と死」に問題の認識を切り替えるべきだと指摘されています)こういう本には大抵「成功例の話」が出てきますが、自分が働きだして活き活きとするなんていうのはとてもじゃないですが想像できないし、今の段階では椅子取りゲームなのではないかと想像します。
まだまだひきこもりの未来は暗い。そう感じざるを得ないです。