一人舞台

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

落ちてしまいそうな自分を、どうにかこうにか支えている。

つらさや苦しさを他人と比べてしまう

確かに求人票を見たとき、見学したとき、応募したとき、採用の連絡を貰った時、それぞれ働きたいという意思はあったし、ホッとした部分もあった。

だけども、8年の無職期間で働くことのつらさを忘れていたというか、自分は思っているよりはできるのでは?という慢心もあった。

散々、良い場所を見つけたとか、今度こそ社会復帰できるかもと書いてきて、言ってきて誠に情けないですが、数日前から申している通り、働くことがつらいです。きついです。仕事中は手いっぱいだけど、休憩中の孤独感ときたら・・・。

そしてそれ以上につらくて苦しいのが、社長や家族やこれまで支援してくれた人々からの期待である。やっと働きだしてくれたか!もう辞めるなよ!と。

つらいとか苦しいとか言っていられない。まだ一週間も経っていないし、周りのみんなは乗り越えとるわけですよ。例えば親に話したとして、「自分の方があんたよりずっと長い時間働いているのに、いい男が週4日の6時間労働でつらいとか言うのはどうか!?」なんて言われたら、ぐうの音もでない。

デイケアの職員さんがつらくて苦しい労働を乗り越えるのに、余暇がとても大事と熱弁していたけど、自分の場合「逃げ場が無い」のがつらい。

言えない、相談できない、みっともない。どうするんだ?また辞めて、無職を繰り返すのか?と。

つらさや苦しさが自分にとってどうなのかよりも、どうしても他人と比べて正当性があるのか否かで考えてしまう。

働くこと一切を拒否しているのではなくて、週4日、1日4、5時間くらいなら疲労も適度な範囲で済み、将来のことは仕方がないにしても、直近のことで思い悩むことも少なくなるように思う。

そしてそれは自分一人でやらなければならないことなんだと思う。誰かの世話になると、比べて罪悪感が湧いて出てくるから。

 

それにしても、一般就労で働いても絶対にこうなることが予想できたから、A型作業所で仕事の負担を減らす働き方、給料よりも安定した継続を優先したはずだったのに、どうしてこうなった・・・。

 

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