思えば入社直後の夏の3ヶ月間は、慣れない場所、慣れない人、慣れない仕事、地獄のような暑さ、臭すぎるトイレやきつい体臭の人など本当に大変で心が折れそうだった。というか折れかけて、6時間勤務を5時間に減らしてもらえないか?と社長に相談したくらいだった。結局、皆がやっている中、特に若い自分が根を上げるのはどうか?と思って撤回した。現在は週4日の7時間労働。
山は越えた。越えたのだけど、なんだろうこのつらさは。精神的なつらさと言えばいいのだろうか。
「一般社会に適応できない」
特に週5、8時間+αという働き方が一番できなかったことだと思う。最初の半年くらいは緊張と「早く慣れなければ!」という思いで過ごせるのだけど、それを過ぎるとじわじわと消耗するというか、なんだか苦しくて、悲観的になってきて、最終的に会社に行くのが凄く億劫になって、辞めるを何度も繰り返してきた。
「続かない、続けられない!走り続けられない!」
これが単なる性格なのか、発達障害の何かなのかはわからない。でも、診断を受けたのだから今度は障がい者枠で仕事を探してみることにした。
就労支援の所長に言われたのが、「これまでは一般でやってきたでしょう?でも、これからは配慮を受けて働くことができる!今までとは違った働き方ができて、世界が違って見えるだろう!気が付いたら5年、10年と経っているはずだよ」と。
「おお!そんなに変わるのか!これで苦しみながら働く人生についに終わりが!?」と期待して、無職期間も8年も過ぎていたのでなるべく難易度を下げるつもりで、今の就労継続支援A型の小さな町工場を選んだ。結果は・・・。
今までと、なんも変わらんのですが!!?
まあ、確かに金曜日にデイケアという社会参加の場は確保したいという話を面接でして、今日まで半年間は配慮してもらえた。だけども社長曰く「会社が忙しくなるからフルタイムを目指してほしい。半年も経ったのだし、慣れたでしょ?いい加減社会人としての自覚とケジメを付けよう!一人暮らしの為にも働いて、金を稼がなきゃいかんでしょ!」と。当初は「そんなに早く結論を出さなくても、1年でも2年でも、ゆっくり考えてくれればいい」と言っていたのに話が違う・・・。
社会に適応できないから就労継続支援A型なんて選んだのに、最低賃金、昇給無しを飲んだのに、そこでも「社会人」を求められるのか・・・。本当に切なくなってしまった。
今のハロワークの職員さんから「場所や働き方を変えたらずいぶん楽になって、精神的にも安定している」という他の人の話を聞いた。ネット上でも時折そんな話を目にする。
なんでそんな風になれるのだろう?なんで認めてもらえるのだろう?何故自分は何をやっても、どこに行っても、いつも自分の決断はつらい結果しか生まないのだろうか。
フルタイムで働くなんていうのは、あまりにも当たり前すぎるほど、当たり前なのだろう。だから問題にし難い。人より消耗しやすいなんて、誰も真剣には取り合ってくれない。当たり前だ。社会に適応できない奴の生き方なんて、誰も知らないのだから。
自信なんかつかない。それどころかやっぱり何も変わらない。何もできない。苦しい。皆と同じ「社会人」を求められて、それができないことも訴えられない。疑われてしまう。金を稼ぐ能力や体力が無いと、社会に居場所が無い。困窮してしまう。
一人暮らしもこんな調子ではあまりに無謀だろう。全ての道が塞がっているような気がしてならない。