一人舞台

生きづらさに悩む、元ひきこもりのブログ、日記

生き辛さに悩む元(暫定)ひきこもりの「日記」

誕生日おめでとう

なんて言ってほしくない。おめでたくはない。

好きで人生を始めたのでは、芥川龍之介の河童みたいなやりとりがあって始めたのではない。好きで自分をやっているのではない。大体、そう語る時の「自分」とはいったい誰なんだ。

 

週5、8時間働き続けることが、やっぱりしんどい。水曜日まではいけても、木曜日辺りから結構疲れが出てくる。それを頑張っても今度は「家での人間関係」がある。

人間関係の重要性はわかる。寧ろ自分は大切にしたいくらいである。淡い関係性ならば。だけど家族だったり、ずっと一緒に居続ける近すぎる、密接な関係性は酷く疲弊させる。家の中にまで人間関係がある。それは「外」だけでいいのだ。家に帰りたくない。誰もいなければいいのに。誰も自分に話しかけなければいいのに。誰も返事を、然るべき態度を求めなければいいのに。

 

家でも会社でも頑張らなければいけなくて、鬱屈を通り越して些細なことでイライラする不機嫌な状態にある。まるで自分が諸悪の根源、悪者みたいではないか。

ならばここを離れればいい。だけど、最低賃金の時間給では自殺行為でなかろうか。

フルタイムで働く覚悟を決めても、給料は16万・・・なんていうのは総支給額の話であって、手取りにすると12、3万といったところか・・・。

頑張っても喜ぶのは社長だけで、俺は身も心も金も全部ギリギリの状態での一人暮らしじゃないか。

その上、先月から(当たり前のことではあるが)金曜日も出勤になってしまって、デイケアでの交流や方々への相談さえ、気軽には行けなくなってしまった。

苦しい家と会社の往復生活で、もう全ての道が塞がっているような気がして、絶望の毎日である。

ひきこもりが意を決して働きだしても、こんな程度が現実だよ。

 

誕生日おめでとうと言われて受け止められるようになるのは、この人生を、自分であることを引き受けなおしたときだろうか。

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